家族信託でできないこと・向かない場合 身上監護・遺留分・農地・年金
家族信託が扱うのは、財産の管理と処分です。信託法が受託者の役割として定めているのもそこです。身の回りの世話(身上監護)は、条文の上では成年後見人の事務として書かれています。
ほかにも、遺留分との関係、受託者になる人がいない場合、農地、年金には、それぞれ注意点があります。この記事は一般的な情報です。個別の判断は司法書士・弁護士・税理士などの専門家にご相談ください。内容は2026年11月4日に確認しました。法令と公的な資料で確かめられた範囲だけを書いています。
身上監護は信託ではできない
信託法2条1項は、信託を「財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為」をすべきものとすることと定義しています。受託者に求められる役割は、財産の管理と処分です。

一方、成年後見人の事務は、民法858条が「生活、療養看護及び財産の管理に関する事務」と書いています。成年後見人は、本人の意思を尊重し、心身の状態や生活の状況に配慮して、これらの事務を行います。
信託で、親の施設費や医療費を信託財産から支払う仕組みを作ることはできます。ただし、支払いができることと、本人に代わって契約や判断をする権限があることは別です。家族信託を検討する人は、財産の管理は信託、身上の面は後見や家族の見守り、と役割を分けて考えます。2つの制度の違いは成年後見・任意後見との違いの記事にまとめました。
遺留分を侵害する信託は争いになりうる
遺留分は、一定の相続人に民法が保障する最低限の取り分です。兄弟姉妹以外の相続人が対象で、割合は、相続人が直系尊属だけなら3分の1、それ以外は2分の1です(民法1042条)。遺留分が侵害されたときは、受遺者や受贈者に、侵害額に相当する金銭の支払いを請求できます(民法1046条)。

信託に遺留分の規律が及ぶかどうかについて、裁判例があります。東京地方裁判所の2018年9月12日判決(金融法務事情2104号78頁)です。慶應義塾大学大学院法務研究科の西希代子教授が、信託協会の「信託研究奨励金論集」第43号(2022年11月)の論文「信託法と相続法―信託と遺留分制度との関係を中心として」で紹介しています。論文によると、事案と判旨は次のとおりです。
- 被相続人が、生前に死因贈与契約と信託契約を結んでいた。
- 信託の目的財産のうち、経済的利益の分配が想定されない不動産を含めた部分は、遺留分制度を潜脱する意図で信託を使ったものと判断され、公序良俗に反して無効とされた。
- 有効とされた部分は、実質的に権利として移転する受益権を対象に、遺留分を計算するとされた。
同じ論文は、信託を設定しただけで遺留分侵害額請求を一律に排除することはできないという点は、学界で一致しているとも述べています。この論文は判決の控訴審の結果までは扱っていません。裁判例は1件の事案への判断で、全ての信託に当てはまるわけではありません。
実務では、相続人の取り分を考えずに特定の人へ財産を集める設計が、争いの種になります。信託を使うかどうかにかかわらず、遺留分の見込みを試算しておきます。
受託者になる人がいない場合
家族信託は、財産を預かる受託者が必要です。受託者の資格や任務の終了について、信託法に次の定めがあります。

- 未成年者は受託者になれません(7条)。
- 受託者である個人が死亡したとき、後見開始や保佐開始の審判を受けたときは、受託者の任務が終了します(56条1項)。後見開始と保佐開始については、信託行為に別段の定めがあれば、その定めによります。
- 遺言で信託を作る場合に、受託者の指定がないか、指定された人が引き受けないときは、裁判所が利害関係人の申立てで受託者を選任できます(6条)。6条は遺言で作る信託の規定です。
業として報酬を得て信託を引き受けるには、内閣総理大臣の免許が必要です(信託業法3条)。親族の誰かが無償で受託者になる形が家族信託の典型で、専門の会社に頼む形とは別の仕組みです。
受託者を頼める家族がいないと、家族信託は組みにくくなります。受託者が高齢で任務を続けられないおそれがあるときは、次の受託者を信託契約に書いておく必要があります。受託者が引き受けられない状況が想定できるなら、信託より後見制度のほうが向く場合もあります。
農地は信託できない
農地法3条1項は、農地について所有権を移転したり、賃借権などを設定したりする場合に、農業委員会の許可を受けるよう定めています。信託では、財産の名義が受託者へ移ります。

農地法3条2項3号は、「信託の引受けにより」所有権などの権利を取得する場合は、許可できないと定めています。このため、親の農地を家族の受託者に信託することは、原則としてできません。許可を受けずにした行為は効力を生じません(同条6項)。
例外として、3条1項14号は、農業協同組合や農地中間管理機構(農地バンク)が信託事業として信託を引き受ける場合を、許可の対象から外しています。農地を持つ家族は、農地を除いた財産で信託を組む、農地の賃貸や転用を別に考える、などの方法を検討します。農地の扱いは、農地のある市町村の農業委員会に確かめてください。
年金は信託の対象にならない
年金そのものを信託の対象にすることはできません。国民年金法24条と厚生年金保険法41条は、給付を受ける権利は譲り渡したり、担保に供したり、差し押さえたりできないと定めています。条文が譲渡を禁じているため、受給権そのものを受託者に移す信託は組めないと考えられます。

年金の受け取り口座にも決まりがあります。厚生労働省の2024年3月28日付の通知は、年金振込口座として指定できる口座は、原則として戸籍上の本名名義の口座であると書いています。信託口口座を受け取り口座にできるかどうかは、公式資料では確かめられませんでした。必要な場合は、年金事務所と金融機関に確かめてください。
このほか、信託法には次の制限があります。
- 訴訟行為をさせることを主たる目的とする信託はできません(10条)。
- 債権者を害することを知って信託をした場合、債権者は詐害行為取消請求ができます(11条)。
家族信託は、使える場面が限られています。親の状況と財産の中身を整理し、信託、後見、遺言のどれが合うかを専門家と一緒に検討します。
出典
- e-Gov法令検索 信託法(2条・3条・6条・7条・10条・11条・56条) https://laws.e-gov.go.jp/law/418AC0000000108
- e-Gov法令検索 信託業法(3条) https://laws.e-gov.go.jp/law/416AC0000000154
- e-Gov法令検索 民法(858条・1042条・1046条) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- e-Gov法令検索 農地法(3条) https://laws.e-gov.go.jp/law/327AC0000000229
- e-Gov法令検索 国民年金法(24条) https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000141
- e-Gov法令検索 厚生年金保険法(41条) https://laws.e-gov.go.jp/law/329AC0000000115
- 厚生労働省年金局事業管理課長通知「年金振込口座としての旧姓名義口座の利用に係る対応について」(2024年3月28日) https://kouseikyoku.mhlw.go.jp/tohoku/nenkin_kanri/000330188.pdf
- 西希代子「信託法と相続法―信託と遺留分制度との関係を中心として」信託研究奨励金論集第43号(信託協会、2022年11月) https://www.shintaku-kyokai.or.jp/archives/007/202301/43-01.pdf
いずれも2026年11月4日に確認しました。