家族信託の手引き

認知症が進んでから家族信託はできる? 意思能力・公証人の確認・任意後見への切り替え

内容の確認日: 2026年11月3日

認知症と診断されたら、家族信託はもうできないわけではありません。契約ができるかは、診断名ではなく、契約を結ぶ時点で本人に意思能力があるかで決まります。意思能力がなかったときの法律行為は、民法3条の2により無効です。

認知症が進んで契約の内容を理解できない状態なら、家族信託は結べません。その場合の道は、家庭裁判所が関わる法定後見になります。任意後見も、判断能力が十分なうちに結ぶ契約です。この記事は一般的な情報で、個別の判断は弁護士や司法書士、医師などの専門家にお願いします。内容は2026年11月4日に確認しました。

基準は診断名ではなく契約の時点の意思能力

民法3条の2は、法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は無効だと定めています。家族信託の契約も法律行為です。委託者が契約の時点で意思能力を欠いていれば、その契約は無効になるおそれがあります。

特別養護老人ホームの玄関と石張りの外壁
写真: 円周率3パーセント / CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)

条文は、どの程度なら意思能力があるのかを数字では決めていません。厚生労働省の「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」(2018年6月)が、考え方の参考になります。これは本人の意思決定を支える側の指針で、契約の有効無効を決める基準ではありません。それでも、次の点が書かれています。

  • 認知症の症状にかかわらず、本人には意思があり、意思決定能力を有するということを前提に支援する。
  • 意思決定能力は、説明の内容をどの程度理解しているか(理解する力)、自分のこととして認識しているか(認識する力)、論理的な判断ができるか(論理的に考える力)、意思を表明できるか(選択を表明できる力)によって構成されるとされる。
  • 意思決定能力は行為内容により相対的に判断される。選択の結果が軽微なものから、重大な影響が生ずるものまである。
  • 意思決定能力は、あるかないかの二者択一ではなく、段階的に低減・喪失されていく。

つまり、認知症の診断が付いたことと、財産の管理を任せる契約を理解して決められることは、別の問いです。信託の契約は、財産を渡す相手、任せる範囲、亡くなった後の行き先まで決める重い判断になります。軽い判断ができても、信託の仕組みを理解できるとは限りません。

ガイドラインは、意思決定能力の評価判定には、本人の認知機能や身体、精神の状態を適確に示す情報と、生活状況などの情報が必要だとしています。判断を本人や家族だけで決めずに、医師など専門家の見立てを聞く理由はここにあります。

公証人は何を確かめるか

家族信託の契約書を公正証書にする場合、公証人が関わります。公証人法26条は、公証人は法令に違反する事項、無効な行為、行為能力の制限によって取り消すことができる行為について、公正証書を作成できないと定めています。

朱肉と印影が並ぶ判子
写真: Culture Japon / CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)

日本公証人連合会は、任意後見契約を公正証書にする理由として、委任者本人の意思と判断能力をしっかり確認するためだと説明しています。また、任意後見など、公証人が本人の判断能力と契約意思を確認する必要がある契約は、原則として代理人による作成を認めていません。

家族信託の公正証書で、公証人がどんな方法で判断能力を確かめるのかは、連合会のページからは確かめられませんでした。ただ、本人の意思が確認できなければ、公正証書そのものが作れない可能性があります。契約書の作成に入る前に、次のことを確かめておくと、手戻りを防げます。

  • 本人が契約の内容を、自分の言葉で説明できるか
  • 主治医に、契約を結べる状態かを相談できるか
  • 公証役場に、本人の状況を伝えて対応を聞けるか

契約書の作り方と手続きは、契約書と公正証書の記事で説明しています。

任意後見に切り替える場合の条件

家族信託が難しいと判断した場合の選択肢に、任意後見があります。ただし、任意後見にも、判断能力についての条件があります。

キャップを外した万年筆
写真: Auyon / CC BY-SA 3.0(Wikimedia Commons)

法務省のQ&Aは、任意後見制度を、本人が十分な判断能力を有する時に、あらかじめ任意後見人となる人と任せる事務の内容を決めておく制度と説明しています。任意後見契約に関する法律3条は、任意後見契約を、法務省令で定める様式の公正証書でしなければならないとしています。

仕組みは次のとおりです。

  • 契約を結ぶとき: 本人に契約の内容を理解する力が必要です。
  • 契約の効力が生じるとき: 本人の判断能力が不十分になり、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から効力が生じます(任意後見契約に関する法律2条1号、4条1項)。
  • 任意後見人の権限: 契約で定めた範囲内で代理できますが、本人が結んだ契約を取り消すことはできません(法務省Q&A)。

つまり、判断能力が一定程度残っていて、信託を結ぶには不安があるが、任意後見の契約なら理解できる、という段階で選ぶ道です。逆に、進行が相当進んでいれば、任意後見契約も結べない場合があります。

信託と任意後見は、役割が違います。信託は財産の管理や処分を託す仕組みで、任意後見は生活、療養看護、財産の管理に関する事務の代理権を与える契約です。違いの整理は成年後見・任意後見・遺言との違いの記事にあります。

法定後見が必要になると何が変わるか

本人が意思能力を欠く常況になり、家族信託も任意後見も結べない場合は、法定後見が現実的な選択肢になります。民法7条は、本人、配偶者、四親等内の親族などの請求で、家庭裁判所が後見開始の審判をすると定めています。

東京地方裁判所立川支部の庁舎
写真: Kakidai / CC BY-SA 4.0(Wikimedia Commons)

法定後見には、重さに応じて3つの類型があります。日本公証人連合会の説明では、判断能力が欠けているのが通常の状態の人は「成年後見」、不十分な人は「保佐」、軽度の精神上の障害で不十分な人は「補助」です。補助開始の審判を本人以外の請求で行うには、本人の同意が要ります(民法15条2項)。

法定後見が始まると、次の点が変わります。

  • 成年被後見人の法律行為は取り消せる(民法9条)。日用品の購入などは例外です。
  • 後見人は家庭裁判所が選びます。日本公証人連合会は、当事者の希望する人が選ばれるとは限らないと説明しています。
  • 法務省は、本人の判断能力が回復したと認められる場合でなければ、制度を途中でやめられないとしています。

銀行との取引にも影響が出ます。全国銀行協会の「金融取引の代理等に関する考え方」(2021年2月)は、預金の払い出しには預金者本人の意思確認が必要で、家族といえども払い出せないとしています。判断能力が低下した本人との取引では、親族に成年後見制度の利用を促すのが一般的だとも書かれています。

なお、2026年6月24日に公布された「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)で、後見に関する民法の規定が改められます。e-Govの改正履歴では、後見に関する規定の施行は、公布から2年6か月を超えない範囲で政令で定める日とされ、e-Govの改正履歴ではその期限の日付として2028年12月23日が表示されています。この記事は2026年11月時点の制度で説明しています。

法定後見が始まった後に、家族信託を新たに組めるかどうかは、今回確かめられた資料からは書けません。後見人がいる場合の対応は、家庭裁判所や後見人の専門職に聞いてください。

進行の度合いに合わせた相談の順番

本人の状態によって、選べる手続きが変わります。目安を整理します。

机の上のノートパソコンと手帳とペン
写真: www.Pixel.la Free Stock Photos / CC0(Wikimedia Commons)

表は左右に動かして読めます。

本人の状態考えられる手続き確かめること
契約の内容を理解して決められる家族信託、任意後見、遺言契約の時点の本人の状態を、医師などに確かめておく
判断能力が不十分になってきた任意後見契約が結べるかを確かめる。結べなければ補助や保佐などの法定後見医師の意見と、公証人の判断
判断能力が欠けているのが通常の状態法定後見(成年後見)家庭裁判所への申立ての準備

上の表は、法律の仕組みを整理したものです。本人がどの段階にあたるかは、医師や弁護士、司法書士などが個別に判断します。

迷ったときは、早めに専門家へ相談します。相談では、本人の病状や通院先、財産の内容、家族の考えをまとめて伝えます。契約書の作成や登記、口座開設まで一式を扱う事業者もあります。

出典

いずれも2026年11月4日に確認しました。

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